私が幼少の頃は、四畳半の茶の間が暮らしの中心にありました。
小さな卓袱台を家族が囲み、食事をしたりテレビを観たりしながら過ごしていたものです。
寝るときは卓袱台を片付けてから布団を敷き、家族が重なるように寝ていたことを思い出します。
それが昨今の住宅では、フローリングの床が主流となり、畳はあっても一室もしくは部屋の隅に
敷かれる存在になってきました。
今回は、住まいの中で需要が少なくなっている畳の間について、少し考えてみたいと思います。
昨年竣工した " IWATA・SLOW HOUSE " のリビングですが、大きな吹抜け空間にしました。
冬は南面に設けた大開口部から自然光を部屋の奥まで射し込むようにしつつ、夏は深い軒により
日射を遮ることで、一年を通して快適に過ごすことが出来るようになっています。
床は天竜杉の無垢フローリング、壁と天井は砂漆喰塗りにしていることも、仕上そのものの蓄熱
性を働かせることで、室温を安定させてくれる要因になっています。
このリビングを介して、1・2階の各部屋へと空間が繋がるように計画をしていますが、写真左
奥の黄色い襖の向う側に畳の間があります。
襖を少し開けると、畳の間が広がります。
床に畳を敷き詰めるだけで静謐な空間になるのは、何故なのでしょう。
そこへ一歩足を踏み入れた瞬間に空気がピンと張り詰め、少し背筋が伸びる感覚になります。
日本人であれば当然のことながら履いているスリッパを脱ぎ、そっと部屋に入るように思わずして
しまうのは、おそらく畳の間が特別な空間であると認識しているからでしょう。
(ちなみに、私が設計する多くの家では床が杉・松の針葉樹なのでスリッパは履きませんが・・・)
設計をする上で、ここは特別な部屋の入口だよと、あえて示したい時に建具のデザインや色を変え
たりすることがよくあります。
この家は、全体的に素朴な民家をイメージしていたので、襖紙を日本の伝統色である唐子色にし、
小鳥を模したデザインの可愛い引手を選択してみました。
日々の暮らしの中で、毎日見るだろうと思うところに、この引手を付けようを考えていました。
どんなに疲れていても、見た瞬間に気が緩み、笑みを浮かべてしまう力があると思ったからです。
決して安価なものではありませんが、手が触れたとき、精巧な作りと質感に驚くことでしょう。
それは、今では入手不可能な真鍮製の黒漆仕上の逸品であることを付け加えておきます。
畳の間からリビングへの襖を開けて、天井の照明を灯してみたところです。
吸放湿性と弾力性を兼ね備えた上に足触りが良い畳という素材は、日本の気候や暮らしにおいて
適応できるもののひとつであり、またその艶と匂いは他に変えられない魅力が潜んでいます。
正面の窓から、和紙を通して柔らかく射し込む自然光が床に反射する様は、畳表の縦糸と横糸を
織りなすことで生まれる陰翳が空間の質をつくり出しているからにほかありません。
かつては、蝋燭の灯りで畳や襖を反射させて夜の暮らしを営んでいたように、畳の間には床置き
のスタンド照明が似合うのかもしれません。
左側に見える襖の裏面はリビング側を同じ和紙を貼っていますが、引手は木製にしました。
理由は普段使いが良いことと、部屋の雰囲気を考え、手に当たる感触を重視したからです。

入口の襖を閉めてみるとお分かりにように、引手が壁のスイッチと同じ高さにあります。
これも拘りのひとつですが、同じ高さにしておけば暗がりでも引手の近くに手探りさえすれば、
すぐに照明のスイッチが見つかるからです。
座って使う畳の間なので、天井の高さを極力抑え、全体的に重心が低くなるよう目に見える全て
のものに、気を配りたいと思っています。
このさりげない縦長の引手ですが、こちらも国産の桑で作られた手触りが良いものです。
見た目だけでなく、どんなに大きな手の大人でも手掛かりが良い優れたデザインなのです。
畳の間は、日本人が忘れようとしている感性を刺激してくれる場だと思っています。
い草の香りに包まれながら、和紙を通して柔らかい光に安らぎを感じさせてくれる空間。
高機能を持つ畳だからこそ、見直してみる必要があるのではないでしょうか。