静岡県浜松市にある村松篤設計事務所の所長のブログです


by mura-toku
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 家のプロポーション!


 いつの時からなのか定かではないが、日本の家は上に伸びていってしまった。

 私が社会生活を始めたころ、即ち1970年代後半に建てられた家の大半が、

 部屋の天井は2.4mであったのが、今は2.7mにまで天井が高くなってしまった。

 この30数年の間に、日本人の平均身長が30cmも伸びたということなのか?

 そんなことは、あるわけがない!




 「天井の高い家に育つ子は頭が良くなる」 とか、「天井は低いより高いほうが

 部屋が広くなる」 といったコマーシャルにより、そう思い込んでいるに過ぎないのだ。

 大は小を兼ねるという理論が、家の造り方にまで及んできてしまっては、たまった

 ものではない。

 家は、少しでも広く、そして高ければ、それでいいのだろうか?




 我々建築家は、ウィキペディアによると 『自らの美学的見地・論理的分析にもとづいて

 建築物を設計し、実現に必要な知識や折衝能力・監督能力を有する人のことである』

 とされ、さらに、『計画・意匠面の考案者・著作者であるとともに、実現の上での技術的

 側面を統括・指揮する責任者』 と書かれている。

 建築は、最初に美を追求しなければならなかったはずなのに、造り手側の理屈が優先

 されてしまったことと、住まい手側の要望に迎合したことにより、昨今の多くの住宅は

 目を覆いたくなる状況である。




 
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 これは、先代たちが知恵を振り絞って建てた普通の民家である。

 なんともプロポーションの素晴らしい、簡素な表情を持った家なのだろう。




 
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 正面にまわって見た瞬間、息を呑む美しさに思わず引き込まれた。

 たて・よこ・たかさの関係が絶妙で、私にとっては完璧に近い姿である。

 これほどの感性を持ち合わせていた日本人なのだから、できればもっともっと古い

 民家を訪ね歩き、肌で感じ、そして考えてほしいものだと、思う次第である。




 
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 一見して、平屋建てかと見間違うほどのこの家は、遠江・奏庵(自邸)である。

 私がプロポーションに拘る理由は、他でもない。

 家は慎ましく、ひっそりと佇むもので、決して誇ってはいけない。

 日本の気候風土を考えた屋根のかたち、その表情は優しく、威圧してはいけない。

 


 
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 いい意味で、まちのランドマークになるのもいい。

 まちのなかで、子供たちに語り継がれるような存在になれば、本望である。

 建築家はあまり自己主張をせず、建築を社会資産のひとつであるという認識をもって、

 日々の仕事に取り組むべきなのではないだろうか。
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by mura-toku | 2011-10-28 18:41 | 建築